人の心というものは
                〜 砂漠の王と氷の后より

        *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
         勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 


広大な砂漠が広がる大陸は、
よほどに極端な北の果てや南の縁に住む場合以外、
ほぼ通年で過ごしやすい気温に乾いた風を受けて過ごすこととなる。
南の果ての小さな国から嫁いで来た、紅蓮の眸をした第三妃は、
そうは言ってもそれほど寒い想いもせぬまま、
宮城のある街の冬というもの、受け入れており。

 『まあ、首都城下はほぼ半ばに位置しておりますからね。』

赤道とやらの真下という幅の中、
さして差はない位置取りだから。
冬の寒さも、震え上がるほどというそれじゃあない。
ましてや、キュウゾウ妃は、
母国でも名うてのお転婆で鳴らした行動派だったそうであり。
女だてらに剣術もたしなみ、
馬を駆っての遠乗りも得手ならば、
そのまま海岸まで出ては、女官らが制すのも振り切っての波間へ飛び込み、
抜き手を切っての遠くまで泳いで見せもしと。
それは活動的に過ごしてその身を育んだ、類い希なる女傑でもあったので。
ほんの少しほどの寒さなど、重ね着をすれば余裕でしのげる。
そんな自分は問題ないのだが、

 “シチは…。”

自分より何年も前にここへと嫁した第一王妃、シチロージ。
彼女は北領の生まれで、
1年の半分近くが冬というほど寒い土地から、
打って変わってのこんな暑い砂漠へやって来た身だというに。
空から雪とかいう氷の結晶が降りしきるよな、
信じられない話を聞く土地で生まれた人なのに。
土地の者でさえ音を上げる夏の灼熱にも、
それは涼しいお顔でいる、意志の強靭さよ。

 ―― かくありたいものだと、
    この、烈火の姫が初めて思った
    途轍もない人格者

そう、この王宮へ
妃とは名ばかりの人質としてやって来た自分へと。
そんな意識が拭えぬまま、
寄らば切るぞと身構えていた、
やたら棘ばってばかりいたことへさえ怯まずに。
おおらかに、かつ、敢然と対してくれた正妃様。
負けやしませんと胸を張り、そのくせ、
哀れむでなくの愛情豊かに受け止めてくださって。
そのついでのよに、
この自分を欺いたままでいた、
憎たらしい男への誤解さえ、
さりげない言いようにて悟らせの、
すべてを丸く収めた采配の見事だったこと。

  そうまで素晴らしい女人を、
  この、後宮という宝物庫へつなぎ留めておりながら

 「そうそう。
  お主に似合いの、いいものを持って来たのだ。」

二日と明けず、自分を寝間へと招くこの男の気が知れぬ。
若いうちから父王を支え、
国造りにも重々貢献した御仁であり、
覇王という呼称に恥じぬだけの存在なのはまま認める。
並外れた知略と勇猛さとで、
大陸最大とも言われる巨大な軍勢を的確に運用し。
それのみに留まらず、
自分でも鮮やかなまでの体さばきで刀剣を自在に操る姿の、
何とも重厚な存在感に満ちていることか。
砂漠を渡る風へと躍りだす鋼色の豊かな髪に、
彫の深い精悍な面差し、
壮年とは思えぬ屈強な肢体。
野生の悍馬を思わせる、剛にして荒々しい逞しさを総身へ漲らせ。
そのくせ、威容と知性を滲ませた、
凛々しい佇まいが様になる、颯爽とした身ごなしの切れのよさよ。
人や物を見る目も確かで、
彼の間近へ仕える顔触れは、
数多の国が中枢にとほしがった人材揃いだと聞くし、
この閨房に揃えられたる調度や寝具も、
遠くは東亜にて産する絹や細工も、
代価を惜しまず ふんだんに集められていると聞く。
そしてそして、
ほれと 深色のびろうどの夜空に載せられたままで寄越された、
赤い夜光石の何と見事な輝きか。

 「お主は、生国が産する宝で目が肥えてもいようからの。」

そう、キュウゾウの生国は畑作が難しいほど灼夏の土地で。
それでも…小さいながらも王国として、
代々の王族の血を途切れさせることのないまま、
長閑に歴史が続いていたのは、
希少な貴石の鉱脈に恵まれていたからであり。
華美にはならず、されど価値ある宝玉に囲まれて育った姫は、
自然と目利きとしての才にも恵まれておいで。
なので滅多なものは贈れぬとの苦笑をこぼしつつも、
大きさではなく質と細工で、
小さな国なら振り回せそうなほどに見事な代物。
ちょっとした土産のように差し出せる、
彗眼ずば抜けた人物でもあって。

 「……。」

寝椅子に絹をまとった痩躯を据えての横座り。
まだ陽の暮れには間のある刻限ではあるが、
夕餉をとるところから傍らにおれというお誘いは、
このところ特に珍しいことでなくなっており。
女性であることをのみ押し出しての、
媚を売っての嫋やかさではなく。
孤高に直結する種の、
凛とした凄艶さを裡に秘めたる美貌の妃、
いまだ心許さぬ傾向
(ふし)の強いじゃじゃ馬を、
それでも妻として手中に収めたことが、
そんなにも心騒がすことなのだろか。
真綿を詰めた厚絹敷きの上へ座しているとはいえ、
相手はそれより高い寝椅子に居るまま。
それでもそれを不遜と怒らず、
絹の沓に収められた小さなつま先に
格好としては額突
(ぬかづ)かんばかりになっていても構わずに。
男臭いお顔を味のある笑みにてほころばせ、
年の離れた幼い妃へ彼なりの至れり尽くせりで構ってくれて。
さら…と絹地を微かに鳴らし、身を起こしたキュウゾウが、
びろうどに載せられた宝石ではなく、
金のくせっ毛を覆う更紗のベールへと指を添え、
それをそろりと剥ぎ取りながら。
少しばかり呆れながらも、
雄々しい覇王様の武骨な腕へと手を触れる。
何でも もぎ取れる、意志と力持つ御手を愛でつつ、

 “どうして……。”

知的で優美で、
その上、芯が強くて勇ましく。
剣も馬も、弓もこなし、
人々の間の諍いを収めるのも、
時間を稼ぐべく騒ぎを起こすのも自在という巧みな才をも持ち。
衣紋や宝石を選んだり、
不備のない宴を催す段取りを整えたりも出来。
何より、美形でなよやかで、
艶な蠱惑が匂い立つよな熟した肢体は、
同じ女性でもうっとり陶酔しかねぬ麗しさ。
そんな素晴らしい伴侶を手中に収めておりながら、
どうして何にも持たぬ自分なんぞに
食指が動くのだ、この男。
どんな形であれ、欲というものを満たしたいなら、
シチロージという存在により、
十二分に、余りあるほどに満たされようにと。
真剣の本気で、不可解な奴だと 小首を傾げておいでの妃だが。


  そうと不思議がっておいでの炎の妃様。
  そんな心持ちというものは、
  他者へとわざわざ探さずとも、
  他でもないご自身が、
  ああまで憎んでいたはずの覇王様へ、
  寄り添って暖かいと安堵している変わりようなの、
  どうしてなのだろかと
  気づいてみりゃあいいのにね。

  情愛や恋情に理屈なんて要らないのだと、
  気づいてみりゃあいいのにね……。





   〜Fine〜  12.01.16.


  *久々のあらびあんでございます。
   相変わらずに、
   覇王様はキュウゾウさんに緩んでおいでのようで。(おい)
   それもこれも、第一妃に甘えてのことかもと思うと、
   可愛いなぁカンベエ様…vv
   (こんな感慨を漏らせる勘久サイトって一体…)

  *アラブといいますか、イスラム教では、
   新年をどう過ごすのかなとググッてみたところ、
   断食の月“ラマダン”が明けると新しい年の始まり、
   “レバラン”という祭りを催すのだそうで、
   それが強いて言えば“お正月”なのだとか。
   そうはいっても、グローバルなビジネスに携わってる人は、
   相手の国に合わせて、
   ハッピー・ニューイヤーと祝ってもいるそうですが。

   日本だって旧のお正月は随分とずれ込みますし、
   そもそも1年の始まり自体が
   1月1日ではなくて“立春”だったのですし。
   経済だの外交だのの勝手がいいようにと、
   統一というか、共通の暦にしただけの話。
   その日を最初の日としなけりゃあ、
   絶対“おかしい”…というもんでもないんですよね。


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